南三陸警察署

南三陸警察
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 管内概況
 当署管内は宮城県の最東北である本吉郡の南部に位置し、管内面積の9割は山地で占められ、その山地が北西から太平洋にせり出したリアス式海岸は、風光明媚で、昭和54年3月25日には「南三陸金華山国定公園」に指定され、さらに、平成27年3月31日には「三陸復興国立公園」に指定された。
 なお、「三陸復興国立公園」の名称は、復興状況を見て将来的にふさわしい名称を検討することとされている。
 南三陸地方は、古くは本良庄と称し、交通の要衝として発達した。
 京都の藤原氏の荘園となった後に藤原秀衡の四男高衡が庄司となって、朝日舘を根拠として本吉冠者高衡と称したことから、本吉郡と呼ばれるようになったと伝えられている。
 明治11年郡区町村制度の施行に伴い、志津川町に郡役所が置かれ、大正15年の郡役所廃止まで同町が郡制の中心であったが、大船渡線開通に伴い、官公庁出先機関の中心は気仙沼市に移った。
 昭和30年、戸倉村、入谷村が志津川町に合併し、また昭和34年、歌津村は町に昇格した。
 昭和35年5月24日早朝のチリ地震津波は、志津川町に死者41名と総額52億円にのぼる被害を与えたが、その復興にあたって同町の区画整備が行われ、毎年5月24日に町を挙げての津波避難訓練が実施されている。
 管内町民の大部分は農漁業に従事し、山地が多いことから植林が盛んであった。
 漁業は戦後、遠洋漁業の乗組員が多かったが、200海里問題後は、沿岸部においてカキ、ギンザケ、ワカメ、ホタテ、ホヤ等の養殖を中心に漁業が行われ、蒲鉾、ウニ、ホタテ等の水産加工業も盛んである。
 観光については、田束山・神割崎といった景勝地をはじめ、夏祭りなどのイベント、海水浴、海釣り、キャンプなどを目的に多くの観光客が訪れている。
 文化については、世界最古の漁硫化石「ウタツザウルス」の産地であり、地質学的にも貴重な地層が多いことで知られている。
 旧志津川町及び旧歌津町の合併については、平成17年2月4日、両町議会で合併関連議案が議決され、「南三陸町」と決定し平成17年10月1日に合併した。
 平成23年3月11日、南三陸町は東日本大震災に伴う大津波により、山間部・高台を除く約60%の地区が壊滅的な被害を受けた。
 震災後、平成24年3月には、町内にあった約30店舗が仮店舗を構えた「さんさん商店街」が志津川字御前下地内に建設され、同年4月には南三陸町仮設役場、診療所等が志津川字沼田地区に建設されるなど町の復興が進んでいる。
 現在は、家屋を流出した住民の多くが仮設住宅に居住せざるを得ない状態から、歌津地区、戸倉地区も含めた各地区での大規模な造成工事を伴う高台移転計画が検討されている。
 管内面積、世帯数、人口(平成28年4月末現在)
面  積 人  口 世帯数
163.74 Km2 男  6,708 人 4,649世帯
女  6,980 人
計 13,688 人
 警察署沿革
 明治4年12月16日
 宮城県第5大区石巻駅第5警察出張所第2番7所として志津川に設置。
 明治12年7月15日
 屯所より警察署に昇格
 明治13年9月25日
 志津川町十日町50番地に庁舎を建設。
 明治18年8月14日
 県令第7号により本吉警察署と改称。
 大正15年7月1日
 登米警察署志津川警部補派出所と改称。
 昭和4年4月1日
 志津川警察署に昇格。
 昭和12年5月4日
 志津川町大火により庁舎が全焼。
 昭和16年1月19日
 志津川町五日町12番地に庁舎を建設。
 昭和23年3月7日
 警察法による機構改革により、自治体警察志津川町警察署と、国家地方警察志津川地区警察署が発足、庁舎を併用。
 昭和26年10月1日
 法律第333号をもって町警察署が廃止され、志津川地区警察署が新設。
 昭和29年7月1日
 警察法改正により国家地方警察が廃止となり、宮城県警察志津川警察署が発足。
 昭和56年3月17日
 志津川町塩入176番地の2に、庁舎敷地5,454.75uを取得。
 昭和57年7月15日
 新庁舎建設に着工。
 昭和58年3月15日
 新庁舎が落成(竣工)。
 昭和58年4月4日
 新庁舎に移転、業務を開始。
 平成16年4月1日
 宮城県組織規則及び宮城県組織規定の一部改正に伴い、伊里前、名足駐在所が統廃合により歌津駐在所となり、生活安全課と刑事課が統合され刑事生活安全課となる。
 平成18年4月1日
 宮城県組織規則及び宮城県組織規定の一部改正に伴い志津川警察署から南三陸警察署に名称が変更。さらに、刑事課及び生活安全課の新設に伴い刑事生活安全課の廃止を施行。
 平成20年3月10日
 老朽化等の理由により、名足連絡所を閉鎖。
 平成23年3月11日
 東日本大震災における大津波により庁舎屋上まで浸水し、建物は残存したものの使用不能に陥ったため、約1か月間、南三陸町立入谷小学校食堂に南三陸警察署現地警備本部を設置し、署員全員が同所に寝泊まりして災害警備活動に従事。
 平成23年4月18日
 南三陸町入谷所在の小学校廃校を宿泊施設として利用していた“さんさん館”に拠点を移し、同施設を「南三陸警察署入谷連絡所」に、さらに町内沼田所在の南三陸町役場プレハブ仮庁舎の一角を借用し、「南三陸警察署災害現地警備本部」を移設。
 平成23年10月1日
 南三陸町字沼田150−118地内に仮庁舎が完成。
 平成23年11月21日
 東日本大震災により流失した戸倉駐在所及び歌津駐在所の代替として、町から無償貸与されたプレハブ庁舎をそれぞれ臨時交番として設置し、運用を開始。
 平成24年2月1日
 東日本大震災に伴う特別出向者(兵庫県警8名、和歌山県警5名)13名が特別警ら係として配置。
 平成24年5月1日
 特別警ら係のホームページを開設。毎月「南三陸特ら通信」を掲載。
 平成24年5月10日
 特別警ら係員によるスポーツ少年団への柔剣道指導「若ツツジ育成プロジェクト」開始。
 平成24年7月中
 旧警察署庁舎(昭和58年建設)と職員宿舎(昭和51年建設)を解体。
 平成24年8月28日
 震災により流出した「清水駐在所」の代替として、旧荒砥中学校体育館内に「清水駐在所警察官立寄所」を設置。(週2回の運用)
 平成24年10月19日
 大規模災害発生時における民間施設(さんさん館旧林際小学校運営事務組合)との使用協定を締結。
 平成25年3月31日
 特別出向者(兵庫県警8名、和歌山県警5名)13名のうち11名が帰県。
 平成25年4月1日
 東日本大震災に伴う特別出向者(兵庫県警2名、和歌山県警3名)5名が特別警ら係として配置。
 平成26年3月31日
 特別出向者(兵庫県警4名、和歌山県警3名)7名が帰県。
 平成26年4月1日
 特別出向者(兵庫県警3名、愛知県警2名)5名が特別警ら係として配置。
 平成27年3月31日
 特別出向者(兵庫県警3名、愛知県警2名)5名が帰県。
 平成27年4月1日
 特別出向者(和歌山県警)2名が特別警ら係として配置。

南三陸警察署の管内略図です。
詳しい住所や電話番号は、上の『交番・駐在所等』のページでご確認ください。
駐在所、臨時交番との距離
戸 倉 8.2Km
入 谷 7.2Km
歌 津 9.1Km
隣接署との距離
石 巻 署 49.0Km
河 北 署 33.7Km
登 米 署 28.2Km
佐 沼 署 37.6Km
気仙沼署 37.0Km